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自然界の法則

►2012/06/10 14:46 

2年前から自宅のベランダに鳩が来ていた。
毎朝、餌をあげることが日課になり私に慣れてくる鳩に愛着がわいてきてもいたんです。
基本的には鳩は害鳥に指定されているので餌やりによって汚れたベランダをちゃんと掃除したりしながらも必要以上の保護はすべきでないと考えていた。
5月の末頃ベランダの隅に2個の卵を発見したので親はどれだとばかりにそっと覗くと以前指を骨折していて指曲りと名付けていた鳩がお父さんでした。
それが分かるまで威張りくさっている指曲りにコラッ!いじめるな!って言っていたんですが態度が急変してしまう身勝手さに苦笑してしまった。
6月に入ると2羽の雛が誕生しすくすくと育っていく姿を見守るのが楽しかったがカラスの襲撃が気になるものの今までベランダにカラスが来ることはなかったので油断してしまった。
雛を守るために部屋の中にいれるかどうか迷うも自然界で生まれ親がちゃんと子育てしてるのだから過保護はならんとグッと堪えた。
今朝、鳩たちの異常な声に布団から飛び出し鳩の巣を覗くと雛がいない!ベランダに飛び出すと大きなカラスが飛び立った後だった・・・もう少しで自分で餌を食べられるようになったのに雛たちのために用意し楽しみにしていた餌袋が目に入り無性に悔しい。
自然界のルール・・・それはとても厳しく残酷であると身に沁みされてしまった。
ガックリしながらベランダに座っていると別の鳩が餌をくれとばかりに私の指をつつく、手のひらに餌をこぼすと争うように食べにくる。
今日のような日に限って、その鳩は私の膝にまでよじ登ってきてお代わりを求める。

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三途の川

►2012/06/09 14:52 

10年前に妻を亡くし、それ以来ずっと愛犬と妻が可愛がっていた猫と暮らしていた。
一人では散歩にも行かないが、ムサシのおかげで毎日散歩に出かけることも苦にならず公園のベンチに座り大好きなおやつを嬉しそうに食べる姿が懐かしい。
そのムサシも3年前にこの世を去り、その寂しさを補ってくれたタマリも去年私に寄り添うように静かに旅立ってしまった。
妻が亡くなるときは覚悟も出来ていたし別れも言えた反面、先に行ってしまう妻を恨むとは言えないが残される自分に怒りのような不安があった。
しかし、ムサシとタマリの時は内臓が抉られるという感覚はまるで自分の命が削られるようだった。
妻がこの世を去る時にタマリをお願いねと言い残したおかげでタマリを送り出すまで死ねないとう約束も守ったせいか自分の番になった時は不思議だが恐怖はなかった。
いや、むしろ心躍るような感覚、体は勝手に苦しみもがいているが魂は穏やかだ・・・ムサシとタマリに会えると確信していたからなんだろう。
ムサシ!散歩に行くぞ~ タマリは留守番!ムサシは喜び、タマリは玄関で送り出してくれていた光景が広がってくる瞬間に暗闇の世界に私はいた。
その時がこの世を去った時なんだと悟ったが恐怖や未練など微塵にもない、そう、ムサシとタマリが私に寄り添って道案内をしてくれている。
どうやら三途の川とやらに近づいてきたようだ虹のような橋が架かっているのでずぶ濡れにならずに川を渡れそうだ。
三途の川の淵に来たら無数の動物たちがいて私に寄り添ってくる犬がいた。よく見ると子供の頃に可愛がっていた太郎だった、待っててくれていたのかと思うと嬉しくて頭を撫ぜてやると嬉しそうに尻尾を振り消えて行った。
ムサシとタマリを見た・・・そうか、ここでお前たちともお別れしないといけないようだ。
二人を抱きしめ別れを告げた時に確かに聞こえたのだ「おじいちゃん、また会おうね!」霧のように消えゆくムサシとタマリを見送り三途の川の先を見た。
もしかして、死んだ妻が迎えに来ているのかと・・・残念だが、誰もいなかった。

あとがき
私が死んだ時にこんな事があれば良いなと思います。
でも、見送った仔達とは絶対会えると信じてます。

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ペット霊園の歴史

►2012/06/01 14:08 

ペットを葬るという歴史は紀元前2000年頃のエジプトに始まります。
ミイラと共に猫の骨が発掘され、その後も墓の近辺から動物の骨が出てくることから愛玩動物として飼われていたようです。
日本でも江戸時代には犬猫をペットとして飼い、亡くなると土葬する者がいたそうです。
ペット霊園の歴史として墓地や納骨堂などを備えたのが東京の多摩動物霊園さんで火葬設備も昭和40年ごろにはできており現在に至っています。
この昭和40年頃が現行スタイルのペット霊園元年ではないかと思われ、その後全国に広まっていったようで動愛園は昭和47年に旧北九州空港近くに火葬場と行橋霊園建設が始まった年だそうです。
この時点では全国でもペット霊園は10ヶ所ぐらいしかなく非常に珍しい業種として電話帳広告に載せるにしてもそのような項目がないためペットショップの項目に載せられたそうです。
ところがバブルが崩壊した昭和63年頃より急速にペット霊園が全国で開業されるようになり300社を突破、移動式火葬車も平成元年頃に登場したため平成7年頃には700社を超え平成15年頃には1200社を数えるまでになりました。
しかし、ペット霊園をめぐる苦情やトラブルが全国で多発し廃業や撤退により減少傾向になり現在1000社程度に落ちつているようです。
今後は火葬業だけのペット火葬事業者と火葬から埋葬施設を持ったペット霊園事業者というように分類されていくのではないかと言われています。
また、全国各地でペット霊園にかんする条例が次々施行されて来ているので福岡県もそう遠くない時期に行政機関のルールに沿った形で運営されていくことと思います。

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